人類最古のエンタメは「夢」だったというお話

恋する人に会えるのは夢だけだった、そんなお話です。
pato 2023.05.01
誰でも

「睡眠」と「夢」、これらは切っても切れない密接な関係にあります。睡眠あるところに夢がある、夢があるところに睡眠がある、そう言っても過言ではないでしょう。

さて、この「夢」についてですが、古今和歌集において小野小町が歌った夢の歌をご存知でしょうか。小野小町は実に18首の歌をこの古今集に寄せていますが、そのうちの6首が夢の歌です。それも全て恋と夢を重ね合わせたものになっているのです。

この古今集の「恋歌」は面白いことに1~5までの巻に分かれて収録されおり、恋の進行に合わせているとも言われています。恋歌二は、まだ恋愛が成就していない段階の歌とされていますが、そこに収録された3作を見てみましょう。

思ひつつぬればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを 
古今集 巻12 恋歌2 552(小野小町)

「あの人を思いながら眠っていたら、あの人の夢を見たわ。夢だとわかっていたら醒めなかったのに」

実はこの歌は、大ヒット映画「君の名は。」の大元になっています。夢の中で愛しい人に会うというこの歌をベースに発想を膨らませ、夢の中で男女が入れ替わるという設定が生まれています。

うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき
古今集 巻12 恋歌2 553(小野小町)

「うたたねをしていたら夢の中で恋しい人に逢った、それからというもの夢というものを頼りにするようになったの」

この辺りは昨今のJ-POPの歌詞に通じるものがあります。よく探したら西野カナあたりが同じようなことを歌っている可能性があります。それくらい遠い過去も現代も、恋する人の胸の内は変わらない、ということかもしれませんね。

ただ、この三連歌の中で、3本目がどうしてもおかしいのです。

いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣をかへしてぞ着る
古今集 巻12 恋歌2 554(小野小町)

「もう恋しくてたまらない! そんな時は夜の衣を裏返して着るの!」

気でも狂ったのでしょうか。

万葉集には裾を裏返すと好きな人に夢で逢えるといった俗説を信じた歌が何編かあります。このことから考えるに、小町は、「もう、裾どころじゃない、衣を全部裏返して着てやるわ、それくらい夢で逢いたい!」というとんでもない豪快さを発揮しているのです。

【やりすぎ】裾を裏返すと好きな人に夢で逢えると聞いたからいっそのこと衣を全部裏がして着てみた【迷信】

って、これもう小町、ユーチューバーでしょ。小町チャンネルとか開設してるでしょ。

このように古今和歌集や万葉集の時代においては、今のようにテレビがあるわけでもなく、プレステ5があるわけでも、ネットフリックスがあるわけでもありません。夢とは一大スペクタクルのエンターテイメントだったのです。

そして、今のようにスマホがあるわけではなかったので、LINEで思いを伝えるわけでもなく、ツイッターで意味深なことを呟くでもなく、インスタに足だけを映した画像を上げるでもなく、ただ、相手を思って夢を見ることに賭けていたのです。なんとも風流な時代だと思いませんか。

「夢」と「恋」、僕にとってはあまり関係ない話ですが、こんなエピソードがあります。

とある取材で出会い系サイトに登録し、使っていた時に、面白いサイトがありました。そこはある出会い系サイトに登録している女性の情報を秘密裏に情報交換するサイトでした。美人局や詐欺みたいな恐ろしい被害が蔓延する出会い系サイトにおいて、少しでもそういった被害をなくそう、と男たちが知恵を絞って作ったサイトでした。

本丸である出会い系サイトとは完全に別サイトなのですが、女性のIDを入力すると、そのIDに関して書き込まれた情報が掲示板形式で見られるようになっていました。書き込むのはもちろん、出会い系サイトの男性ユーザーです。適当にIDを入力して見てみると、まあ、出るわ出るわ、皆さん結構好き放題に書き込んでいるんですね。

「詐欺業者です。スキンヘッドの男が金を奪いに来ます!気を付けて!」

鈍器のようなもので殴りかかってきます

「一瞬の隙を見て金を盗まれます。シーフです!

「どうしても会うというなら武器の携帯を

紛争地帯の出会い系サイトかな? と思うような書き込みが多数見られます。どんな世界観なんだ、これ。

中にはこういった防犯的な注意喚起だけでなく、単なる誹謗中傷みたいな書き込みも散見されました。

「百貫デブ」

「女子プロレスラーが女装したみたいな女が来ます」

「故郷の佐賀を思い出すような女が来ます」

最後のなんか逆に気になって仕方がありません。果たしてそれは悪口なのか、それとも誉め言葉なのか。そんな罵詈雑言が書き込まれる中、一つ、気になる情報が書かれている子がいたのです。

「眠り姫」

そう書かれていました。なんだか妙に気になった僕は、さっそく本丸の出会い系サイトにアクセスし、そのIDを打ち込みました。そこには「ミカ」と名乗る女の子のプロフィールが書かれていました。

特に「眠り姫」と言われるようなところはないなと思いました。強いて言えば、「特技:寝ること」と眠り顔の顔文字と共に書かれていたところでしょうか。ただ、それだけで「眠り姫」と呼ぶのはあまりに早計ではないでしょうか。

これはもう実際にやり取りしてみるしかないと、タイミングの良いことに彼女はメール友達を募集しているようでしたから、メッセージを送ってみたのです。

「やっほー! よかったらメール友達になりませんか」

そんなことを送ったと思います。完全に出会い系サイトに熟達したプロが送る文面です。やっほーという軽やかな感じが良い。

けれども、彼女から返事はありませんでした。

ちょっと落ち込みますが、実は出会い系サイトではこれは結構普通なことです。出会い系サイトは完全に女性上位社会ですので、男にメッセージが来ることはほとんどありません。反面、女性にはドコドコ来ます。女性はそこから選んで、まあまあ良さそうなものに返信をするわけですから、まあ、普通に考えてほとんど返事が来ないわけです。たぶん「やっほー!」が良くなかったんでしょう。軽薄な感じを与えてしまったのかもしれません。ちょっとプロとして失格でしたね。

そして日常が戻りました。

もう「眠り姫」のことも忘れて、普通に忙しい日々を送っていたところ、3日後ぐらいだったでしょうか、メッセージが着弾したぞ、と件の出会い系サイトから通知がきたのです。どらどら、と覗いてみると、眠り姫こと「ミカ」からでした。

「メッセージありがとう。友達になってくれる?」

そんなことが書いてあったと思います。しかしながら、なぜ3日もタイムラグがあったのか。そこのところが気になりました。

「3日間もなにしてたの?」

こういうことを質問してしまうところこそが、いまいち僕がモテない原因だと思うのですが、それでも質問しました。すると、すぐに返事が返ってきたのです。

「ごめん、寝てた」

こ、これが眠り姫の実力か! 驚愕しました。なにせ3日も寝ていた計算になります。とんでもない眠りポテンシャルと言うほかありません。

色々とやりとりして分かったのですが、彼女、都合が悪くなると返事が来なくなるのです。それでもしばらく経ってほとぼりが冷めるとまたメールが来るのですが、その際に必ず「寝てた」と言い訳をするのです。数時間のタイムラグならそれを信じるのですが、数日レベルでも平気でそう言ってくるのです。そういった行為を揶揄して「眠り姫」とつけられたのかもしれません。

「何歳なの?」

みたいなことを聞くと、途端に返事が来なくなり、数日すると「寝てた」と返ってくる。そうすると、「ああ、年齢は聞かれたくないんだな」と理解できるわけなのです。そういった歪なやり取りがしばらく続いた後、ついに眠り姫が切り出してきたのです。

「ねえ、会ってみたいんだけど」

彼女からの警戒が解けたのか、会ってみようという展開になりました。正直言うと、あまりにタイムラグがありすぎて、彼女に対する興味は消え失せていたのですが、そこはここまで長い期間、やり取りした相手です。そして僕はプロです。食いついていくことにしました。

「でも会うの怖いな」

とか眠り姫が言うので、提案しました。

「じゃあ、画像を交換したら良くない?」

この提案が良くなかった。事前に画像を見せ合っていれば緊張もほぐれるのではないか、そう思ったのですが、彼女の中で画像送信は最大限の禁忌だったようで、完全に音沙汰がなくなってしまったのです。

これまでは数日経てば「寝てた」とメッセージが来たのに、2週間経っても、一か月たっても、半年経っても、1年が過ぎても、彼女からメッセージが来ることはなかったのです。眠り姫はもう眠らない。夢の中ですら彼女に逢えなくなってしまったのです。

あれから2年経ち、そろそろ彼女のことも忘れてしまったころ、メッセージが届きました。

「ごめん、寝てた」

どれだけ寝てるんだよ、2年だぞ、2年、と思いつつも、メールを凝視すると添付画像がありました。もしかしたら、自分の顔画像を送るのに、その勇気を出すのに2年の時間を要したのかもしれません。そう思うとなんだか彼女のことが愛おしくなりました。

ここでとんでもないブスのグランドクロスみたいな画像が来ればネタ的に良かったのですが、彼女はそこそこかわいかった。むしろ結構好みだった。これは2年待った甲斐があったぞ、そう思いました。ただ、どうしても気になる点が一点だけありました。

彼女が勇気を出して部屋の中で自撮りをしたのでしょう。少しこわばった表情に蛍光灯、後ろのほうの床の間まで見えるのですが、彼女が着ている黒いポロシャツ、完全に裏返しなんですよ。襟が変な曲がり方してるし、拡大して見たら、継ぎ目のところがモロでしたから、絶対に裏返しに着ています。

「どう見てもポロシャツ、裏表に着てるよね(笑)」

こういうところを指摘しちゃうのが、いまいち僕がモテない原因なのでしょう。言わなくても良かったのでしょうが、そう返信するしかありませんでした。言わずにはいられなかった。

そして、それが本格的に禁忌だったらしく、あれから3年、返信が返ってきません。今でも「かわいいね」などと返信すべきだった、そう思うです。

もしかしたら、眠り姫は僕に逢いたいと思ってくれたのかもしれません。けれども、2年間、その勇気が出なかった。だから衣を全部裏返しにして、夢の中で逢えるようにと思ってくれたのかもしれませんね。

僕は今でも思います。いまにも彼女から「ごめん、寝てた」とメールが来るんじゃないか。そうでなくとも夢の中で逢えないだろうか、そう思いながら、Tシャツを裏返しに着て眠るのです。もしかしたら逢えると信じて。

夢で逢えたら。

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