修学旅行でお小遣い全てを使って野球拳ゲームに熱狂した小学生の話
この間、実家に帰省した際にすっかり物置と化してしまったかつての自分の部屋を片付けてみた。まあ、片付けと言ってもそんな上等なものではなく、床に散乱する謎の物品を押し入れと思わしき場所に押し込む。ただそれだけのことだった。
乱雑に押し入れに押し込んでいると、その一番最奥に見慣れないクッキー缶みたいなものがあった。少し高級そうで、紫色、細かいひし形の模様がいっぱい描かれている高級感溢れるものだった。
なんだろうと思い引っ張り出して開けてみる。そこには成績表だとかテストだとか少し大切だけどあまり人には見られたくないものがぎっしりと詰め込まれていた。その一番下に、隠すようにして問題の物体があった。
それは布だった。もう30年以上経過して、一部が茶色に変色している。そんな布だった。
「これか、これか。こんなところにあったのか」
少し過呼吸気味になった。そして、その小さな布は僕を30年前へとタイムスリップさせてくれたのだった。
小学校6年生の時に行った修学旅行は、広島だった。その後に大学生活を過ごすことになる地だが、そんなことを知る由もない小学6年生の僕はただただ折り鶴を折らされていた。
この当時の広島修学旅行の定番コースは、原爆資料館に原爆ドーム、そして宮島、厳島神社だ。原爆ドームの後にはみんなで折った千羽鶴をささげることになっていた。平和教育の一環という側面もあったのだと思う。
そして修学旅行のラストを飾る地が、ナタリーランドという遊園地だった。宮島の対岸にある街ににある遊園地、そこで遊ぶことになっていたのだ。
田舎の小学生だった僕たちにとってやはり遊園地はとてもエキサイティングな存在で、みんなこの場所に来ることを心待ちにしていた。
海に突き出したジェットコースター、「SOGO」と書かれた真っ赤で巨大な観覧車。最強の絶叫マシンループ・ザ・ループ。すべてが田舎の子どもたちにとって体験したことないものだった。
遊園地に到着する否やみんな競うようにしてそれらのアトラクションへと走った。子供たちの歓声にジェットコースターの機械音が響きわたる。在りし日のナタリーランドはそんな場所だった。
そんな中にあって僕はたった一人、誰もいないゲームセンターにてゲームに勤しんでいた。こればかりはいまだに理解できないのだけど、決して友達がいなかったいなかったわけじゃない。確か一緒に乗り物に乗ろうとも誘われたりもした。それなのに、人がいなさ過ぎて店員さんすらおらず、少し薄暗いゲームセンターであるゲームに没頭していたのだ。
そこで向き合っていたゲームは「野球拳」というゲームで、仕組みは至って簡単なものだった。台の中央に液晶画面が付いていて、そこで実写のお姉さん、それも絶妙にエロそうで頭の悪そうなお姉さんが薄着姿で踊っているのである。
その下にはボタンが3つ備えられていて、それぞれに「グー」「チョキ」「パー」と割り振られている。早い話、この画面の女とじゃんけんをして脱がせてくというゲームだ。
こんなエロいゲームが存在していいのか、田舎の小学生は驚愕していた。すると、まるで機械の中からお姉さんに見透かされているよう感じで、デモ画面が流れ始めた。
「さあ勝負だよっ!」
「わたしと野球拳だよ!」
「私に勝ったら……ふふふ、ひ・み・つ」
と、これでもかというほどに頭悪い感じで話しかけられた。そこまで言われたら勝負するしかない。なけなしの小遣いを投入し、プレイを開始する。
「いくよ~」
お姉さんのアホみたいなセリフと共に、これまたアホみたいに軽薄な音楽が流れ始めた。それに合わせてお姉さんがアホみたいに歌う。
「アウト! セーフ、よよいのよい!」
それに合わせて手元のボタンを押す。ボタンを押すと、絶対に内部的に何らかの不正をしているだろうと確信するしかないタイムラグがあって、お姉さんの手が映し出される。
「あーん、負けちゃった」
これは野球拳なので、じゃんけんに負けたお姉さんは服を脱ぐことになる。スケスケのネグリジェみたいな服を脱ぐことになる。
「恥ずかしいからあまり見ないでね……」
その言葉に「見るわ!」と少し大きな声で反論する。お姉さんはすっかり下着姿になっていて興奮した僕はパンパンに勃起していた。みんながジェットコースターだとかお化け屋敷だとかそういった健全な楽しみ方をしているその傍らで、こんなエロいゲームをしている。その背徳感がいっそう僕を興奮させた。
しかしながら、このお姉さんがやたらめったら強い。下着姿まではいくのだけどそこからが鬼神のごとき強さを発揮する。まあ、タイムラグから考えて内部的に不正をしているのは明らかなのだけど、いくらなんでもさすがにやりすぎだろうという圧倒的強さだった。
たぶん、残りの服の枚数を考えるにお姉さんに5回勝つと全裸まで行く。その前にこちらが5回負けてしまうと、こちらは服を脱ぐわけにはいかないのでライフを失い、ゲームオーバーとなってしまう。
しかも極悪なことに、この野球拳ゲーム1PLAYで300円も取る。この何十年後に出てくる戦場の絆ってゲームでそれくらいの値段設定でしょうよ。それがじゃんけんするだけで300円。とんでもないことですよ、これは。
修学旅行のお小遣いが3000円とかそんな設定です。それしか持っていません。これがなくなればお土産すら買えないわけです。それに300円を投じるのですから狂気の沙汰というほかありません。
しかも初戦で負けて下着姿になったお姉さんが修羅のごとき強さで本当に1勝もできないんです。明らかに仕組まれているので、チョキを押すと見せかけてグー!みたいなフェイントを見せるんですが、そんなもの機械に通用しないし、チョキと見せかけてパーにしないと相手が引っ掛かったとしても勝てません。何やってるんでしょうか僕は。
そして、いよいよ最後の300円となりました。これがなくなると本格的に無一文。お土産も買えません。当時の僕は負けたらお土産が買えないと強く念じていましたが、別に勝っても金が返ってくるわけでも、増えるわけでもないのですから、お土産を買えないのは同じでしたね。
そんなこんなでいよいよ最後の戦いが始まります。
「頼む、神よ!」
まさか神も野球拳の必勝を祈願されるとは思わなかったでしょうが、それでも祈りました。
その祈りが通じたのか、こちらが3敗くらいしながらもなんとか鬼門である2勝目を突破。さらに3勝目もあげるという奇跡が起こったのです。これでお姉さんはブラを外すしかありません。勝敗も3勝3敗のイーブン、ついにここまできました。
「もう男の人ってエッチなんだから!」
画面の中のお姉さんは少し膨れた表情を見せながらブラを外していきます。ええからはよ脱げや。
お姉さんはブラを外すものの、器用に手で遮るポーズを見せておっぱいを見えないようにしています。じゃんけん前の踊る儀式も上手いことカメラが躍動し、おっぱいは見えません。
「ふざけんなよ」
僕は小さくつぶやきました。手に汗握る展開ですが、読者の方が忘れないようにここで確認しておきますが、これは小学生の時の修学旅行での一コマです。
さあ、さらに負けられない戦いが続きます。
負けられない戦いと言いながらあっさり負けてしまい、4敗となります。いよいよ後がない。
「頼む、ここだけ、ここで2勝だけさせてくれ。そうすればあとは一生じゃんけんに勝てなくてもいい、頼む!」
本当にそんな大切な願いをここで使うのかと思いながらそう強く念じました。
その願いが通じたのか、4勝目をあげました。お姉さんはパレオみたいなひらひらの布を脱ごうとします。
「ちょっとー強すぎるんじゃない? もう、あなただけ特別に見せるんだからねっ!」
画面の中のお姉さんは少し膨れながらそう言います。いいからはよ脱げや。
そして互いに後がなくなった状態で最終決戦。お姉さんはパンツ1枚、こちらは無一文、こんな熱い戦いが、こんな場末のゲームセンターの片隅で展開されているとは誰も思うまい。
「最後の勝負だよ!」
「おうよ望むところだ」
ついに戦いの火ぶたが切って落とされた。もう後戻りはできない。決して負けられない。命を賭した戦いだ。読者の方が忘れないようにここでも確認しておきますが、これはあくまでも小学生の時の修学旅行での一コマです。
ゲームセンターのピコピコという音に混じって、いよいよ最後の野球拳サウンドが流れ始める。
「くるっ!」
「アウトセーフ、よよいのよい!」
長かった。ここまで長かった。全財産と友達と乗り物にのるという貴重な時間、それら全てを投げうってこの瞬間にたどり着いた。勝つ。俺は勝つ。きっと勝つ。
「うおおおおおおおおおおおおおお」
「よろしくおねがいしまーーーすーーー」
そうは言わんなかったけどそんな思いを込めてボタンを強打した。
「あーん、まけちゃったー」
お姉さんの声が響き渡る。勝った。勝ったのだ。ついに勝ったのだ。プレッシャーからの解放なのか膝がガクガク震えだした。
お姉さんはこちらの重圧など素知らぬ顔で能天気に謎の踊りを踊り、ついに最後の布1枚に両手を賭けた。くる、ついに全裸く。もう空気を入れすぎたタイヤみたいにパンパンになっていた。くる、まだ見ぬ布の向こうが来る。
その瞬間、お姉さんがさっと柱の陰に隠れた。
「なんでそんなところに柱があるんだよ」
焦った僕も訳の分からないことを叫びます。そのまま、柱の陰にお姉さんの姿が消え、足だけがするっと出てきて、艶めかしくパンティがするすると落ちてきてファサっと床に落ちました。
「GAME OVER」
その瞬間、今皆さんが想像した4倍くらい安っぽいフォントでそう表示され、ゲームが終わりました。
ただ呆然とするしかありませんでした。これが、これが正解だったのか。全財産と貴重な時間を費やし辿り着いた場所。それは正解だったのか。
「オメデトウショウヒンダヨ」
そうしているとそんな機械音がして、ゴロンと筐体の下部からカプセルが排出されてきました。その中に、パンティが入っていたのです。
「これが賞品? 画面の中でお姉さんがはいていたやつか……?」
どうしていいのか分からず、ポケットに入れることしかできませんでした。
さて、ここまでは修学旅行の全てをエロい野球拳ゲームに費やした愚かな小学生の話ですが、問題はここからです。僕がポケットに入れて持ち帰った戦利品であるパンティ。それはそのまま修学旅行を終えて帰宅し、着替え、そのままにしていました。
洗濯しようと母親がポケットを確認すると、ゴロンと下着が出てくるわけです。白い、エロい、レースの下着が出てくるわけです。
母親はすぐに担任に電話をし、
「うちの息子がクラスの子の下着を盗んできた。死んでお詫びをする、息子も殺します」
と言ったそうです。すぐに担任から女子だけの連絡網がまわり「誰か下着を盗まれたものはいないか」と矢のような速さで伝わり、盗まれた人はいないわけですが、僕がどこかからパンティを盗んできたという事実だけが広がっていきます。
母や担任にどんなに問い詰められても、恥ずかしくて野球拳のことは言えませんでした。ぼくがどこからパンティを持ってきたのか、それが修学旅行における最大の謎とされました。
結果として、無からパンティを錬成したパンティマジシャン、みたいな不名誉なニックネームで呼ばれることになるわけです。
「パンティマジシャンか……」
またあのクッキー缶に茶色く変色したその布をしまいこみ奥深くへと封印します。
そうすることで、今は閉園してしまって見ることのできないナタリーランドの思い出が、この缶の中にあるような気がしたのです。さようなら、ナタリーランド。あの遊園地はいつまで僕の胸の中にある。
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