自分ガチャ
園子の誘いはいつも突然だ。
「ショッピングセンターいかない?」
この小さな地方都市、遊ぶ場所と言ったらこのショッピングセンターくらいのものだ。
「うん、いいよ、何か買うの?」
そう返事を送ったが、それに対する返事はなかった。
「じゃあ、30分後にね」
それだけ返ってきた。園子はいつもこうだ。もうあまり気にしないけれども、返事があるだけましな方だ。ひどい時は既読無視だってある。
ショッピングセンターに到着する。少し遅れて園子がやってきた。そのまま適当な会話しつつ真っすぐと2階に向かった。
「これのさあ、このキャラ狙ってんだよね」
連れてこられた場所は、おそらく靴下屋さんがあったはずの場所なのだけど閉店してしまったようで、ちょっとした休憩用の椅子と沢山のガチャガチャが置かれるスペースに変わっていた。たぶん、閉店後に入るテナントが見つからなかったのだろう。
「どうしてもこの敦也が欲しいんだよね」
園子はそう言ってガチャ筐体を指差した。沢山の美少年が出てくるアニメのキャラクターに夢中で、そのマスコットが出るガチャだった。その中のクール系のキャラクターである敦也のマスコットが欲しいらしい。
園子は何の迷いもなく300円を投入し、その名の通りガチャガチャと筐体を揺らす。すぐにゴロンと薄い青色のカプセルが出てきた。
「あーあ、これ恭弥だ。最悪」
どうやらお目当てのキャラではなかったらしく、落ち込んでいた。
「あ、菜々子もやりなよ、ほら、このキャラクター好きだったじゃん」
その隣には、私の好きなキャラクターのキーホルダーが入ったガチャガチャがあった。私はその中でも小鳥のキャラがお気に入りだ。
「200円かあ」
こちらは少し安いようだったけれども、あまり気は進まなかった。好きなキャラといっても200円を出してまで欲しいものではない。なにより、私はくじ運が悪いので、たぶん小鳥のキャラは出ないと思ったからだ。
それでも、付き合いだと思ってやってみる。案の定、オオサンショウウオのキャラが出た。あまり好きではないやつだ。
「どうだった?」
「ダメだった」
「ふうん」
園子はそう言って、また先ほどのガチャガチャに300円を入れる。
「またやるの?」
私が目を丸くすると園子は不思議そうな表情を見せた。
「え? 当然でしょ? 出るまでやるよ?」
次々とガチャに100円玉が吸い込まれていく。何度も両替に行き、どんどんカプセルが溜まっていく。
結局、園子が狙っている敦也はシークレットキャラらしく、ガチャが空になるまで出ることはなかった。
なんだかその空っぽのガチャ筐体が妙に寂しいものに見えた。
「でなかったねえ」
スペースの隅に置かれた椅子に座る。机の上には恭弥のマスコットがたくさん並んでいた。結局、いくらくらい使ったんだろうか。
園子は残念そうにそう言っていたが、その視線はこちらを向いておらず、スマホの小さな画面に注がれていた。
「菜々子も好きなのが出るまでやればいいのに」
首を横に振る。
「いいよ、私は。ガチャって何が出るのかわからないところが面白いし。だから一回でいいかな」
「えー、ガチャってでるまでやるものでしょ。スマホゲームのガチャだって好きなのでるまでリセマラするか課金するかでしょ」
「そ、そういうもんかな」
会話もそこそこに園子はスマホに夢中だ。無言の時が流れ、うっすらと聞こえるクリスマスソングのオルゴールアレンジが妙に悲しい調べに思えた。
「そろそろ潮時かな」
ふいに園子がそう言った。
「え? なにが?」
園子はまたしばらくスマホを注視して、すこし間をおいて答えた。
「ツイッター、いま炎上してんの」
「え? なんで?」
園子は炎上という物騒な単語とは不釣り合いな笑顔を見せて答えた。
「拾ってきた画像でセレブな毎日を演出してたんだけどさあ、拾い画だってばれちゃってあちこちから叩かれてるの。もう面倒だからアカウント消しちゃおうかと思って。せっかくフォロワー増えたんだけどな」
もうアカウント削除作業を始めているらしく、画面上を人差し指が忙しなく動いていた。
「そんなに簡単に消しちゃっていいの?」
その問いかけに園子はあっけらかんと答える。
「いいよ、初めてじゃないし」
詳しく話を聞いてみると、園子が作り上げたキャラクターを消すのはこれが初めてじゃないらしい。
最初は、色々な人に喧嘩を吹っかけていくスタイルで始めたらしい。揉め事好きな人たちから支持され、人気を博していたが、主張の矛盾点を指摘されるようになり、大きく炎上したので首が回らなくなったので削除したらしい。
それから、今度はブログで活動しようと新しいキャラクターを作った。ただ、あまりブログは人気が出なかったらしく、それでもツイッター上では大人気のブログということにしようと、フォロワーを買い、称賛のツイートを自分でしまくった。すぐにそれも見抜かれ、叩かれるようになったので削除した。
次に動画サイトに手を出した。こちらも伸び悩んだが、人気であるように見せるために登録者や再生数を購入したが、お金が続かなくなりやめたそうだ。
そして手に入れたキャラクターがセレブキャラだったが、それもかなり煮詰まっているらしい。
「わたしはさ、SNSで有名になりたいの。そのために色々やってる。有名になれるまでなんだって、何度だってやるよ。そういうもんでしょ? ガチャみたいなものだよ」
「そうかなあ……」
私の言葉は聞いていないようで、園子はスマホ画面を見て何かを決断した。
「よし、まだこのセレブキャラはいける。炎上っていってもたいしたことないしね。うるさい人をブロックすればいいだけ」
その言葉を困惑しながら聞いていると、園子はさらに続けた。
「友達だってそうでしょ? 面倒なこと言う人はすぐにブロックしちゃうけど、わたしは。気の合う人と友達になれるまで友達作ってブロックして、ガチャと同じだよ」
「そうかなあ」
「そうだよ」
園子は不機嫌な顔つきになった。そのまま無言で、別れることになった。
家に帰り、なんだか釈然としないまでも、園子に謝ろうとメッセージを送った。
「今日はごめんね。色々なやりかたあるもんね」
そう送ったが、そのメッセージに既読が付くことはなかった。
なんだかまた空っぽになったガチャの筐体を思い出し、胸が締め付けられる想いがした。
すでに登録済みの方は こちら