パスワードって無感情すぎて怖いというお話

昨今のネットワーク社会で重要性を増してきたパスワード、あまりに感情がなさ過ぎて怖くないですか。
pato 2023.05.31
誰でも

日本には古くから言霊という考え方がある。

単刀直入に言ってしまうと、言葉に宿された霊的な力のことで、言葉にして発した言葉は現実世界に影響を与えるという考え方だ。僕はこの考え方が非常に好きだ。なんというか、とても日本的なのだ。

例えば、結婚式で「別れる」だとか「壊れる」といった二人の破局を予感させるような言葉を口にしてはいけないという風習がある。

受験生に「落ちる」「滑る」といった言葉を投げつけてはいけないなんて気遣いもある。

これらは間違いなく言霊的な考え方が基本になっていて、それらの言葉が現実に影響を及ぼすことを危惧しており、これが実に日本的なのだ。

良くは知らないけど、なんかアメリカ人とかだと結婚式とかで気にせず不幸な言葉を口にしまくりそうだのだ。

「ヘイ、ジョーンとメアリーの仲はまるでオバマのようだね、なんでかってしばらく(バラク)別れないってねHAHAHAHAHAHA、僕は共和党支持者さ!」

とかバドワイザー片手にブンブンに飛ばしたアメリカンジョークを言いそうで怖い。

実はこの言霊という考え方、迷信のようなオカルト的な位置で考えられるかもしれないけど、冷静に考えると実は正しい。

例えば、「pato死ね」などと心無い閲覧者がメールフォームから僕に投げかけてきたとしよう。別にそんなメールを沢山来るし、中には日課のように毎日送ってくる人もいる。

もちろん、そんなメールをもらって僕が死ぬわけはないのだけど、少なからず「死ね」と思ってメールを送ってくる人はいる、と頭の中にインプットされる。

この世界に僕に死ねと思っている人がいる、それはほんの僅かだけ僕の行動を制限し、それが結果的にほんの1ミリだけ僕を死に近づけるのだ。それはどれだけ貯まり貯まったとしても影響がないほど僅かなものだけど、確実にそちら側に行動が遷移する。

思えばそれは当たり前のことで、言葉とはもともと単なる喉から発生する音として独立していない。言葉を発するということは必ず意志や気持ち、感情が含まれている。それらを同時に伝えるのだから、それは確実に他所の行動に影響を与える。僕らが考えている以上に言葉とは力を持っているものだから、細心の注意を払って使っていかなければならないのだ。

僕はいつもこの「言葉の力」について考えていて、とにかく「言葉の力」は上記のような感情を伴ってのものなのだと痛感している。言わば言葉とは単なる乗り物であり、その中には必ず何らかの感情が乗っている。それが誰かの行動や感情に影響を与え、実現させる力を持っているのだ。大昔の人はそれを知っていて、結婚式などで不吉な言葉をタブーにしてきたのだ。

しかしながら、現代において「言葉の力」は少しだけ様変わりしてきた。ネット社会が発達し、SNSをはじめとしてオンラインでのコミュニケーションが主流となってきた。

もちろん、ネット上で交わされる多くの言葉にも多くの感情が含まれていて、現実に発する言葉となんら変わりない力を持っているのだけど、それとは別に力はあるのに感情を伴わない言葉が台頭してきたのだ。

それが「パスワード」というものだ。

パスワード自体は別に今に始まったことではなく大昔から存在しているもので珍しくも何ともないのだけど、あらゆる行動がネット上で可能となった昨今、その中で個人の権利を認証するためのパスワードの存在は重要性を増している。

誰かと連絡を取ろうとSNSサイトに行けばIDとパスワードが必要だし、本を買おうとネットショッピングに繋げばパスワード、ゲームでもするかとゲームを立ち上げればパスワード、エロ動画でも見るかとエロサイトに繋げば、これ以上再生するにはログインしてくださいとか言われてパスワード、昔に比べて明らかにパスワードの必要性は高まっている。

これはもう、完全にパスワード自体が力を持っていて、あらゆる行動が可能になる「力のある言葉」なのだけど、そこに感情はない。

冷徹にパスワードが合致しているかどうか、その判定しかないのだ。僕はその感情のなさが怖い。そしてそれでいて莫大な力をもっているっところも怖い。パスワードが怖くて仕方がないのだ。彼らの持つ冷静な哲学と巨大な力こそ畏怖の対象でしかないのだ。

職場でのことだった。我が職場ではとある社内コミュニケーション用のソフトを駆使して連絡を取り合っているのだけど、当然のことながら、そのネットワークにログインするのにもパスワードが必要となる。

セキュリティの観点から長いパスワードを設定し、その内容を付箋等にメモすることも禁止されている。つまり、ある程度長いパスワードを自分で設定し、それを記憶していなければならないのだ。

おまけに定期的に変更するように警告されたりなんかして、変更を余儀なくされる。せっかく覚えたのに覚えなおしだ。そういった事情もあってか、ちょくちょくパスワードを忘れてしまった人が出てくる。恐ろしいもので、一切の仕事上の連絡が取れなくなる社内村八分状態になるのだから事態は深刻だ。

「パスワード、忘れちゃったんですー」

朝出勤すると待ってましたとばかりに女子社員が寄ってきて甘い声を出した。僕はなぜか部署レベルでのネットワークの管理者になっているので、パスワード忘れが出た場合は大元の管理者と連絡を取り合うことになっていた。本当に面倒で死にそうなのだけど、彼女の話を聞かなければならない。

「全然思い出せない?」

管理者に問い合わせるのはすごく面倒で、さらに僕がパスワードを忘れたわけでもないのにメガネをかけた管理者にすごい嫌味とか言われてしまうので、できれば問い合せたくない。

なんとか思い出して欲しいと願うのだけど、女子社員、ちょっと小首を傾げて考える素振りをするだけで全然思い出そうとしない。

「思い出せないですー」

「パスワードリマインダーは試した?」

本当に問い合わせるのが嫌で嫌で仕方ないので、なんとか思い出してもらおうとパスワードリマインダーに言及する。いわゆる秘密の質問というやつだ。

あらかじめ自分で選択した秘密の質問に対する答えを設定しておくことで忘れてしまったパスワードに触れることができるという制度だ。

「なんか設定する時に適当に答え入れちゃって……」

ガックリうなだれるのだけど、実は彼女のこの行動、僕もよくやってしまうので責めるに責められない。

以前にこの秘密の質問で「母親の旧姓は?」という質問があり、適当に答えを入力した僕は、パスワード忘れで答えにたどり着くことができず、別の方法でパスワードを手に入れて秘密の質問の設定を見てみると、

「母親の旧姓は?」

「ゴンザレス」

になっていた。そりゃ答えられない。

他にも、秘密の質問を設定する時によし、いつもは適当に入力している秘密の質問の答えだけど、今回は真面目に正直に設定するぞ。マジで真面目に答える、さあこい、秘密の質問!と意気込んでいたら「最も親しい親友の名前は?」とか訊ねられて、本気で友達がいない僕は何も入力できずにポロポロと大粒の涙をキーボードの上に落とすことしかできなかった。

そんな事情があったのでこの女子社員にちゃんと設定しておけよとか強く言うことはできず、嫌々ながら所定の申請書類に記入をし、大元の管理者に問い合せた。もちろん、メガネに、

「呼吸の仕方は忘れないのにパスワードは忘れるんですね」

みたいな、ちょっと良く分からない類の嫌味を、僕が忘れたわけでもないのに言われ、数十分待つことになった。

一応、この後の流れとしては、彼女が設定したパスワードが僕のところに送られてきて、僕が立会いながら彼女のIDでログイン、で、パスワード再設定の画面まで操作してあげて、あとはお任せみたいな形になっていた。

それ自体は別にいいのだけど、問題は彼女自身だ。ログインできるまで仕事にならないから、当然ながらパスワードが届くまでの数十分間、何もできない。よほど暇なのか、アンニュイな顔をしながらカチカチと何度も何度もログイン画面を開いては適当にパスワードを入力する作業を繰り返し始めた。

「IDかパスワードが誤っています。もう一度確認してください」

無慈悲なるメッセージがジャン!という警告音と共に何度も何度も表示される。マジでうるさくて鬱陶しいのだけど、彼女はやめない。何度も何度も適当なパスワードを入力して警告音を出す。

「IDかパスワードが誤っています。もう一度確認してください」

そこに感情はない。ただ間違ってる、そう言われるだけだ。「おしい!」「全然違うよ!」そういった言葉も投げかけてくれない。ただ冷徹な対応がある。巨大な力を持ちながら感情の入る余地のないパスワード。その光景を見ていると、なんだか忘れかけていた大きなトラウマを呼び起こされるような気がしてきた。どうしてこんなにも、僕はこの力あるパスワードを見ていると不安になってくるのだろうか。

それは原初の記憶だったのかもしれない。何度も弾かれるパスワード、無慈悲に弾かれるパスワード、焦燥、孤独、破壊、感情無き言葉は悠然と僕の前に立ちはだかる。そんな記憶だ。

僕がまだ子供だった頃、近所に暴れん坊のガキ大将みたいな男の子が住んでいた。彼は周りの大人しそうな男の子だとか学年が下の子供などを従えてまるで王様のように振舞っていた。力ある者が正義であり、あらゆる暴虐が許される。子供の世界は建前や虚栄がないだけずっと単純で分かりやすかった。

一大勢力を築きつつあった彼らは、多くの子供たちの遊びのオアシスである公園までの道、少し荒れたアスファルトで40mほど続く細い路地を封鎖した。路地の左右に積み上げられた木材の上に陣取り、公園へ行こうとする子供たちに片っ端から絡んでいったのだ。

あれはちょうど今ぐらいの季節だったように思う。日本海側の寒い田舎町でも日に日に温暖になり、日も長くなっていき春の到来を予感せずにはいられない季節だった。その夕暮れ時だったと思う。公園は暴れん坊に占拠されていて近づけないので墓地の横の駐車スペースで遊んでいる時に事件は起こった。

僕は友達4人と遊んでいたのだけど、ヨーヨーをビュンビュンと親の仇みたいな勢いで振り回し「パパパパパ!」と叫びながら互いに近づいて行くという、ちょっと頭がどうかしているとしか思えない遊びに夢中になっていた。

子供たちがパパパパ!と叫びながらお互いにジリジリ近づいていく光景は異様であり、墓参りに来た婆さんが驚きのあまり小学校に通報したくらいだった。この遊びは振り回したヨーヨーが相手の頭部にヒットしたら勝ちという、これまた良くわからない価値観で行われおり、とにかく夢中で振り回し、相手の頭部を狙っていた。

ヨーヨーで頭打っちゃったりしたら脳にダメージがあって危ないんじゃないかって思うかもしれないけど、大丈夫、頭を打つ前からダメージがあるのは分かりきっている。

「パパパパパパパ!」

専門家が見たら何らかの病名を告げそうな勢いで一心不乱にヨーヨーを振り回していると、突如、切れ込むような痛みが僕の腹部を襲った。鋭利な刃物のように鋭い、しかしながら重厚な鈍器のように重く鈍い、そんな表現が適切な腹痛、そう、間違いなくウンコだった。

大変な事態だ。これではもうパパパパとか言ってられない。そんなキチガイじみた遊びに没頭している場合じゃない。僕はウンコをしなければならない。ウンコを出さねばならないのだ。その思いが全身を満たした。ヨーヨーを投げ捨て走り出す。

この墓場にトイレはない。冷静に頭の中で状況分析が始まる。この腹痛のレベル的にはP4レベル、緊急を要する腹痛だ。家までの距離をおよそ1キロと見積もるとたぶん間に合わない。瞬時に周辺トイレを脳内で検索する。この付近でトイレができる場所、トイレができる場所、迫り来る腹痛の波と戦いながら何枚もの地図と風景が頭の中に去来する。

あった……!

僕の脳の主にウンコ的なものを司る部位は、遂にトイレの場所を探し当てた。現在置かれている状況で最良の選択、それは公園のトイレに駆け込むことだった。そこまで立派な公園ではないのでキチンとした建造物としての公衆トイレが設置されているわけではない。しかしながら、公園の片隅に工事現場に置かれているような簡易トイレが設置されていた。いつもは異臭を放つ汚らしい存在でしかない簡易トイレで、こんなもん誰が置いたんだよなどと思っていたものだが、今となっては救いの神にしか思えない。

あの公園に行くしかない。あのトイレは汚いし暗いし怖いしなんて言っていられない。距離的に間に合う場所はここしかない。

僕は走った。

公園をめがけて走った。体内のマグマの胎動を感じつつ、全神経を肛門に集中させて走った。

「合言葉を言え!」

公園へと続く路地に差し掛かった時、そんな言葉が聞こえた。野太く、まるで感情のこもっていない無機質な声だった。見ると、路地の脇に積み上げられた木材の上にガキ大将たちの一派が悠然と佇んでいた。その数はざっと10名以上。

「合言葉を言わない奴は通すわけにはいかねえなあ」

それと同時に2名の悪そうな上級生が僕の前方に立ちふさがる。僕は色々な映画で悪役ってヤツを見てきたけど、今だにこの通せんぼをした2人以上に悪い顔をした輩を見たことがない。

「緊急事態なんだから通してよ!」

人生には二つの緊急事態がある。その一つは親などの身内が死んだ時、そしてもう一つはウンコが漏れそうな時だ。そして今現在、まさに後者の緊急事態が到来している。

どんなに子供じみたことをしてもいい。そんなことをして何の得になるのか全然理解できないけど、力を誇示するために道路を封鎖したっていい。でもな、今はそういうこと言ってる場合じゃないんだ。わかるだろ、ウンコが漏れそうなんだよ。お前らだってウンコするだろ?漏れそうになったら困るだろ?

「いいから合言葉を言え」

「わ、わからないよ」

力任せに突破ということも考えたのだけど、相手は上級生も含む力強い集団。小学生横綱みたいなヤツまでいやがる始末。おまけにこちらは完全に手負いの虎、ちょっとした衝撃でドゥルンって感じで出てしまいそうな状況。とてもじゃないが肉弾戦で勝ち目はない。

「合言葉って何文字なの?」

どうやら彼らは仲間内で合言葉を決めていて、それに正解した者のみこの関所を通過できるようにしているらしい。そんな彼らが勝手に決めた合言葉など分かるはずもないのでヒントだけでも貰おうと懇願する。

「それは言えないなあ」

しかし、彼らは容赦なく無慈悲だった。困り果てる僕を見てニヤニヤと笑っている。

「けっこう長い合言葉だよね」

ガキ大将の腰巾着みたいなお供が笑いながら言う。ヒントは言えないと言ったくせに何故か予想外のところからヒントが出てきた。僕は即座に応えた。

「トイレットペーパー!」

長い合言葉と言われて即座にトイレットペーパーが出てくるあたり、どれだけ緊急を要する事態であったのか理解して欲しい。あと、完全に脳の機能の大半が肛門を絞るように締め上げることに割かれていることが分かる。

「ヨーグルト!」

「りんごジュース!」

「ホットケーキ!」

「烏龍茶!」

「チョコレート!」

その後も沢山思いつく単語を述べていくのだけど、彼らは頑として道を開かない。ニヤニヤと笑い悠然と僕の行く手に立ちはだかった。挙げる単語が徐々に茶色味を増していること自体に、この時の僕の置かれた切迫した状況が伺える。

「全然違うなあ!」

悪者はニヤニヤ笑いながら道を塞ぐ。いつの間にか材木の上にいた面々も下に降りてきて僕の行く手を阻んでいた。強固さが増してやがる。

「お願いだから通してよ!」

僕は脂汗を流しながら懇願した。しかし彼らは譲らない。合言葉を言えの一点張り。全く融通が効かない、聞く耳を持たない。それはまるで離婚する時のアメリカ人女性のようだ。

「う、う、う……うんこ!」

限界だった僕が最後のチャレンジと口にした単語。その単語が口から出ると同時に物語は終焉を迎えた。

1969年8月、アメリカのベセルという街で「ウッドストックフェスティバル」という今や伝説の野外ロックフェスティバルが開催された。主催者の予想を大きく上回る40万人という観衆の半数はチケットを持たない者だった。多くの観衆はフェンスを乗り越えなし崩し的に会場に雪崩込んだのだ。

多くは語らないが、イメージ的には、そんな押し寄せる観衆的な感じで出た。ウッドストックだ。

するとどうだろう。あれほど強固だった番人どもが、まるでモーゼのようにスーっと開けるではないか。何をしても無慈悲に開かなかった強固なバリアがいとも簡単に開けた。これはチャンスとばかりに生まれたての小鹿みたいな感じでデリケートな感じになっている尻や太もものあたりをかばい、公園へと歩く。唖然とする彼らを尻目に、僕は道端に茶色い道しるべをつけながら必死で公園へと歩いた。そしてついにトイレへと到達した。そして気づいたのだ。もう漏らしてしまったあとにトイレに到達してもあまり意味がないことに。

なるほど、もう忘れていたけど、この時の悲しき記憶があるからこそ、僕はこんなにもパスワード入力画面に恐怖するのだ。「情熱若奥様しめ縄ファック!」っていうちょっと良く分からないジャンルのエロDVDをネット通販しようとして、以前登録したIDでログインしようとした時、パスワード違いで弾かれたあの時の得体の知れぬ恐怖、その理由がこれだったのだ。

しめ縄ファックが買いたくて何度も何度もパスワードを入力しては無慈悲に弾かれる。合言葉が言えなくて通してもらなくてウッドストックフェスティバルしてしまったあの時、そして何度も何度もログインしようとしてジャン!って音を出している職場の彼女、それらがオーバーラップしていた。原因はあの日の合言葉だったのだ。

彼女はやっとこさログイン祭りに飽きたのか、髪の毛先を弄りながら隣の女子と会話し始めた。

「マジでー、パスワードとかおぼえられなくなーい?」

「覚えやすいのにしたつもりなんだけどなー」

「はやくユウ君の遊びたいよー」

「この間、ユウ君とカラオケ行ったんだけど」

どうやらユウ君は彼氏っぽいんですけど、パスワードの話がいつの間にかユウ君とのノロケ話に。これには隣の彼女も苦笑い。

というか、仕事の邪魔なんで速くパスワードを入手してコイツなんとかしろ、とアイコンタクトで僕に訴えかけてくる。そんなこと僕に言われましてもと思いながらマゴマゴしていると、あの嫌味なメガネの人からメールにて彼女のパスワードが届いた。

あとはこれでログインしてあげてパスワード変更の画面まで案内すれば僕の仕事も終わりだ。

ネットが普及し、あらゆる面できめ細やかなサービスが可能となった。それは同時にネット上で個人を識別する必要が生じ、ログインをする必要性、パスワードの重要性が増した。今や、何かにログインしない日はないと言ってもいい。それはパスワードを使わない日はないということだ。

言葉とは力を持っているものである。それは単なる情報の伝達だけでなく感情を伝えるものだからだ。しかしながらパスワードは感情のない無慈悲な存在ながら力を有している。そのアンバランスさがなんとも不気味で恐ろしいのだ。感情のないパスワードが怖い。

その後、ちょっと事情を詳細に語るわけにはいかないのだけど、彼女が最初に設定していたパスワードを知ることができた(禁止されているのに、彼女がパスワードをメモした付箋がでてきた)。そこには彼女が設定した驚愕のパスワードがローマ字で書かれていた。

「ゆうくんのあそこ大きくて大好き」

感情こもりすぎだろ。

確かに長いパスワードが必要で、パスワードもゆうくんのちんこも長いかもしれないけど、。そういうんじゃねえだろ。

こんなの設定するなんて頭おかしいんじゃねえかあのアマ。狂ってんのか。三千歩くらい譲って設定するのはいいとしても、こんなパンチの効いたパスワード忘れるなよ。

パスワードとは、力がありながら感情がこもっていないから怖いと僕は言った。しかしながら、感情というか、ちょっとよくわからない気持ちを込めたパスワードは時にとてつもない力を発揮するのだ。

ちなみに、ゆうくんの生殖器をパスワードにしていた彼女は、その責任を僕に転嫁し、なぜか、

「ゆう君に嫉妬するあまり猥褻なパスワードを設定した野郎」

「パスワードでセクハラされる」

「よく社会の窓が開いている猥褻野郎」

と根も葉もない、まあ、最後のは根も葉も幹も全部ありますけど、とにかくとんでもない噂を立てられたのでした。

「死ねセクハラ野郎」みたいにヒソヒソ会話している声が聞こえるんですけど、すごいよな言葉の力って、こんだけ言われるとちょっと死のうかなみたいな感じになるもの。

なんにせよ、この状況はまずいので、質問をしたらみんなが答えてくれる文殊の知恵みたいなサイトで相談してみようとアクセスするとログインしてくださいと言われ、ずいぶん前にとったIDで質問してやろうとアクセスすると、

「パスワードが違います」

なにをやっても通らない。こんなに困っているのに通らない、という状況になったのでした。

やはりパスワードは怖い。あまりに無慈悲すぎて人間味がなさすぎる。

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