投資マンション勧誘電話への対応を自動化する
おそらくそういった名簿が出回っているのだろう、職場に投資用マンションの勧誘電話がかかってくる。鬼のようにかかってくる。その頻度が最近は常軌を逸しているレベルになった。
「資産運用に興味はおありですか?」
ない。
暇なときなら別に構わないけど、忙しいときにこれをやられると、まあまあイライラする。そもそも電話に出る行為自体が精神的なストレスであり、できればやりたくない行為だ。職場の電話は決して幸せを運んでこない。面倒な仕事を運んでくる。その重圧を乗り越え、意を決して受話器を取るとこれだ。本当にイライラする。
「あ、興味ないですね」
こういったものはおそらくそういったマニュアルがあるのか、少しでも興味がある素振りを見せると、死ぬほど食いついてくる。だからとりつくしまもないレベルの即答で断ると良い。向こうが「資産運用に」の「に」を言ったあたりで言葉を遮って断り、ガチャ切りすると良い。たいていの勧誘電話はそれで引き下がってしまう。
しかし、なかにはなかなか豪胆な業者もいるようで、こちらがいくら遮っても延々と話し続けるタイプの勧誘が存在する。
「資産運用に興味はおありですか?」
「あ、興味ないですね」ガチャ
いつものように速攻で断ると、すぐにかけなおしてきやがった。
「話だけでも聞いてください」
「あ、興味ないですね」ガチャ
すぐにかけてくる。しかもちょっと強気になっていて高圧的になっている。
「いきなり電話を切るのは失礼だと思わないですか? 話だけでも聞いてください」
なんでそっちがきれてるんだ。
「いきなり電話かけてきて断ってるのに延々とかけてくる方も失礼だと思わないですか?」ガチャ
「話だけでも聞いてください」
「しつこい」ガチャ
こういうやり取りをしていると、終わりがないので電話線を抜くなどの対応が必要になる。はっきりいって仕事にならない。とにかく酷いのだ。
だいたい、電話線を引っこ抜いて10分もすれば諦めてかけてこなくなるので引っこ抜き、そのまま1週間、忘れてしまったことがある。1週間、僕に電話が通じないと職場で大問題になったことがあった。これもぜんぶしつこい勧誘電話のせいだ。絶対に許してはならない。
国土交通省からも「投資マンションについての悪質な勧誘電話等にご注意くださいというアナウンスがされるほど、この手の勧誘電話の被害は多い。
また、金銭面などの実質的な被害がなくても、頻繁にかかってくることで私生活や業務への妨害となっている例も少なくない。
特に数多く報告されている被害は以下のとおり。
・断ったにもかかわらずしつこく電話をかけてくる
・長時間に渡って電話を切らせてくれなかった
・早朝や深夜といった迷惑な時間に電話をかけられた
・脅迫めいた発言があった
・自宅に押しかけられ強引に契約を迫られた
・絶対に儲かるから心配ないと言われた
だいたいのパターンとして、やはり「しつこい電話」が多い。それで、もう仕事にならんから電話は勘弁してくれってことで会って直接に断ってやろうとすると、またもや延々と話をされて言葉尻を捉えられて言質をとられて、と泥沼にはまっていく。完全に不毛なやり取りだ。
だから、最近は勧誘業者の電話を好意的に受け止め、延々と話を聞くスタイルに移行した。とはいっても、仕事中にアホみたいな投資話を延々と聞くほど暇ではないので、この勧誘電話の聞き手を自動化することにした。
自動化と言ってもそこまで難しいことはなくて、ボイスレコーダーに延々と適度なタイミングで相槌を吹き込むだけだ。それを勧誘電話がかかってきたら電話口で流し、放置する。ボイスレコーダーは外部スピーカーに出力できるものだとなお良い。ダイソーで適度なクリップを買ってきて受話器と出力スピーカーを固定して放置だ。
「あ、はい」
「へえ……」
「そうなんですね」
「でも……」
「ああ、はい、はい」
「でもなあ」
「マンションかあ……(少し脈ありな感じで)」
この辺のセリフをランダムに延々と1時間くらいの長さで吹き込む。けっこう大変だった。これだったら素直に勧誘電話を受けたほうが良かったかもと思うほどに大変だった。けれどももう引き下がるわけにはいかない。
やってみると分かるのだけど、これがなかなか難しい。特に相槌の頻度が難しい。というか問題なのはそこだけだ。相手はこちらの話なんか聞いちゃいないので、相槌の内容はなんでもいい。たぶん山手線の駅名を延々と相槌にしても向こうは気づかない。けれども、頻度だけはきっちり調整しなければならないのだ。
実際にやってみるとすぐに会話が嚙み合わなくなる。
「ですから、ローンの返済を家賃収入から支払うことで実質的には負担なくマンションを……」
このあたりで
「そうなんですね」
と相槌が入ると良い。でも実際にはそう上手くいかない。タイミングが悪いととても不自然なことになってしまうのだ。
「ですから、」
「そうなんですね」
となってしまう。まだ何も言っていない。
こうなると向こうも異変に気が付くのか、だいたい5分後くらいに状況確認をすると通話が切れてしまっている。逃げるなよ。これはお前が始めた物語だろ。
そこで1つの気付きがあった。
「もしかして業者によって、いや、かけてくる人間によって勧誘トークのタイプが違うのでは?」
そういう仮説をたてた。ということで、かかってくる勧誘電話に対してガチャ切りするのをやめ、とりあえず話を聞いてみることにした。すると、勧誘電話のだいたいの傾向みたいなものが見えてきた。
多くの勧誘電話は延々とマンション投資の素晴らしさを一方的に話すだけだが、その区切り方が個人によって違う。しかも、一方的に話していると見せかけてこちらの反応をかなり注意深く観察している。おそらく、あまりのしつこさに受話器を置いて放置、みたいなことを結構やられるんだと思う。本当に聞いているのか、こちらの息遣いまで確認している。
人によって区切りが違うので、最初の「資産運用に興味はおありですか?」で、この人はロングタイプかショートタイプかを判定し、それによって再生する相槌ファイルを変更して対応する。この実験も難しかった。ショートタイプには相槌が多め、ロングタイプには相槌を少な目だ。けれども、どうしても不自然なタイミングになってしまい、見破られてしまう。すぐに切られてしまうのだ。
もうダメか、我々人類はマンション勧誘電話に敗れ去るのか。本当に対応する手段がないのか。そこにあったのは絶望だった。しかし、我々は諦めなかった。人類の繁栄の歴史は、諦めなかった不屈の精神、その歴史でもある。
さまざまな試行錯誤を行った結果、どうしても適切なタイミングを見つけることができなかった。
「ずれた間の悪さも、それが君の……」
そう口ずさんだ時、衝撃の事実に気が付いた。
「そもそもタイミングにこだわるのが間違いではないか」
圧倒的な閃きだった。
つまり、相槌のタイミングにこだわるから、ずれた間の悪さみたいなものが生じるのだ。じゃあタイミングなんて関係ない状態に持っていけばいいじゃないか。ここがターニングポイントだった。
「うん、うん、うん、うん、うん、うん」
小刻みに小さく相槌を入れる。ずっと相槌。たまにこういったおっさん、いるよな。相手の話を邪魔しない程度、息遣いが香る程度の小さな小さな相槌、これだ。これを延々と1時間くらい、時に緩急をつけて吹き込んだ音声ファイルが完成した。吹き込むのはめちゃくちゃ大変だった。何度も挫けそうになったけど、もういまさら引き返せないとやりきった。
あとはしつこい勧誘電話がかかってくるのを待つだけだ。
しかしながら、こういった勧誘電話はどうやらピークみたいなものがあるようで、かかってくるときは色々な業者から頻繁にかかってくるのに、ある時期を過ぎるとピタリと止んでしまう。あれだけ猛威を奮った勧誘電話が全くこなくなってしまった。
ああ、勧誘電話が待ち遠しい。
電話がかかってきて、もうケロッグ我慢できないといった感じで受話器を取るようになってしまった。それが普通の仕事の電話だったりするとガッカリするまでになってしまっていた。別の意味で仕事にならない。
待てども待てども勧誘電話がかかってこない。2か月ほどそんな状態が続いた時だった。
「もしもし、投資などに興味はあるでしょうか? 実はいま大阪、なんば周辺の投資用ワンルームマンションのお話をさせてもらっておりまして」
キタ!
ついつい「まってました」と声を出しそうになったが、慌てて言い直す。
「興味ないですね」
といって電話を切る。これが大切だ。宅地建物取引業法では、興味がない買わないと言っているのにしつこく電話をかけてくることを禁止している。それでもかけてくる業者は完全に悪質ということになる。この工程を経ないとそこまで悪質ではない業者に自動対応を仕掛けてしまうことになる。
ちなみに、良い機会なので禁止されている項目もここに挙げておく。
・興味がない、買わないと言っても勧誘電話を継続する。
・迷惑な時間(午後9時から朝8時)に電話をかける。
・電話の初めに不動産投資の勧誘であることを告げない。
・電話の初めに社名や担当者名を名乗らない(略称、名字だけなどもダメ)。
・自宅におしかける。
・勤務先に電話をかけて長々と勧誘する。
・怒ったり脅したりする。
・確実に儲かるなどの文言。
以上だ。これらに抵触する勧誘電話はすべて悪質と判断して良い。
「すいません、最後まで話を聞いてください」
興味ないと言っているのにまたかけてきやがった。社名も担当者名も名乗らないし、こりゃ悪質なやつだと判断。まあ、職場にかけてくる時点でまあまあ悪質なんだけど、とにかく適当に相槌を打ちつつ、ボイスレコーダーの準備をする。
「大阪の中心、なんばの近くという好立地。ビジネス用途も高いワンルームマンションです」
「うん、うん、うん、うん、うん、うん」
小刻みな相槌が入る。ついに自動化がスタートした。あとは放置だ。
しかしながら、一抹の不安みたいなものがあった。たしかに小刻みな相槌はかなりナチュラルだ。試行錯誤を繰り返しかなり自然に仕上げた。けれども、気づかないなんてことがあるだろうか。ちょっとでも不自然に思われたら、向こうもなにか質問を投げつけてくるんじゃないだろうか。それにも小刻みな相槌を返していたら一気に企みが露呈してしまう。
とりあえず、1時間分は録音してあるけど30分だ、30分くらい気付かれなかったら本物と判断していいだろう。
30分後。ドキドキしながら受話器へと向かう。神よ。どうか、どうか、気づかれないでいてくれ。
「うん、うん、うん、うん、うん、うん」
ボイスレコーダーは相変わらず小刻みな相槌を奏でている。問題は向こうだ。果たして向こうの彼は不自然さに気付かずに勧誘トークを話し続けているのか。ドキドキしながら受話器に耳を当てる。
「立地条件の良いマンションはそれだけで資産性が高く、それらを自己負担なしで……」
キタコレ!
変わらず勧誘トークを続けている!あまりの興奮にボイスレコーダーを外し受話器を握りしめる。
「ありがとう! 実験は成功です!」
「はあ?」
「マンションは買いません」ガチャリ
何かを感じ取ったのか、これ以降、かけてこなかった。
これまじですげえ兵器だから。めちゃくちゃ破壊力が高いから。はるか昔に人類を滅ぼした古代兵器みたいな破壊力があるから。
さて、そんなこんなで違法なマンション勧誘の電話対応を自動化する試みですが、録音ファイル作成などなど、なかなか手間がかかるものです。現在は、業者の音声を音声入力を介してCHAT-GPTに入力し、その返答を音声ソフトで再生して受話器に流し込むソリューションを開発中です。いかんせん技術力がないので、そういうのが得意という方は是非とも協力してください。
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