カプセル内の青春

スーパーに設置されたセクシーガチャに魅了された少年の話
pato 2023.04.25
誰でも

咽ぶような熱気の中、少年は一つの決意をした。アスファルトから立ち上る熱気が向こう通りの景色を歪める。

日除けと思われる安っぽいオレンジ色のビニールに覆われた一角は、まるで太陽がオレンジだったかと錯覚させるほどに光を透過させており、その役割をほとんど果たしていなかった。

オレンジ色の光の中で少年はもう一度決意した。まるで自分の意思を確認するかのように小さく頷いた。

思い出の中の夏はいつも暑い。そしていつだってセミがうるさい。全ての夏が最高気温の猛暑であったように記憶が書き換えられる。けれども、確かにあの時だけは、あのオレンジ色の光の中で決意した夏だけは、思い出の中のどんな夏よりも暑かった。

小さな田舎町の中心に位置するスーパー、オレンジ色の灼熱の空間はその店先にあった。スーパーの出口を覆うようにチープな鉄骨が組まれ、そこに色褪せて所々どす黒くなったオレンジ色のシートが被せられていた。

ただのスーパーの出口でしかないこのオレンジ色の空間。何もなく、カゴ置き場とカート置き場くらいしか出番がなさそうなその空間。まさかそこで一生を左右する決意をすることになるとは少年は考えもしなかっただろう。

少年は母親と買い物に行くのが大好きだった。貧乏だったのでそんなにお菓子とか好きなものとか買ってもらえなかったけれども、母親と一緒にカートでグルグルとスーパーをまわることは極上の楽しみだった。今のようにコンビニも大型のショッピングセンターも存在しない片田舎、まちがいなくこの小さなスーパーが一番の娯楽場だった。

毎日のように母親の買い物について行っていると、だいたい動きが定番化してくる。巡る順番や買う物などがお決まりになってくるのだ。野菜コーナーの後は肉コーナー、そのあとタマゴの値段を見に行ってと一連の巡回コースからレジに行き袋詰めして駐車場に移動する。ほとんど変化のないコースだったけれどもそれでも少年にとっては楽しくて仕方がなかった。

ある日、そんな定番の買い物コースに変化が訪れた。野菜コーナーも生肉コーナーもレジも何も全て変わらずいつも通りなのだけど、唯一変化している場所があった。出口の自動ドアを出たところ、汚いオレンジ色のシートが被せられたカート置き場でしかない空間に、8台の珍妙なマシンが置かれていたのだ。

その小さな機械は、上の段に4列、下の段に4列と整然と並べられており、その一台は約30センチほどの立方体で、透明になっていた上部のボックスからは中に無数のカプセルがギッシリと詰まっている光景が見えていた。そう、後に子供達の世界で猛威を振るうガチャポンである。

このガチャポン、お金を入れてハンドルをガチャガチャとやるとポンっとカプセルが出てくることからガチャポンと呼ばれているが、正確にはカプセルトイというらしい。全国的にはガチャガチャと呼んだりガチャポンと呼んだり様々なようだが、僕らの時代はガチャガチャと呼ぶことが多かったように思う。

今でこそ、とてもガチャガチャに入っているとは思えない精巧なフィギュアとか、あるアニメに特化したグッズなどが入っていたりするらしく、それ専門のコレクターもいるらしいが、この時代のガチャガチャはそりゃもう怪しかった。とにかく怪しいものが詰まっていた。

後に猛威を振るうことになるビックリマンの偽物、ロッチもこのガチャガチャで売られるようになったし、どういった用途なのか分からない置物や、土産物屋の売れ残りみたいなとんでもないものが入っていたりしたものだった。

しかも、あまり詳しくないので今はどうか知らないが、現代のガチャガチャはさすがに一端の良心があって、例えばプリキュアのガチャガチャとか、当たりのカプセル以外のハズレのカプセルであってもさすがにプリキュア関連のものが入っていたりするのだろう。

けれども当時のガチャガチャは本当に悪質で、全ての売れ残りを押し込んだカオスで、例えるならば様々な生命の可能性が混ざり合った原始の生命のスープみたいな状態で、とにかくカオスだった。匂いがするネリケシを狙って大々的に「かわいいネリケシ!」と書かれたガチャガチャを回した女の子が意味不明な般若のキーホルダーが出たりして、泣いていた。

しかしこれらの怪しいガチャガチャたちは田舎の子供たちの心を鷲掴みにしていた。いつも何人かの子供たちが群がり、カプセルを開けては中身を取り出し空のカプセルを捨てる。スーパー側がカプセル専用のゴミ箱を設置するのに時間はいらなかった。

少年も例に漏れず心を奪われた。僕だって皆に混じってガチャガチャをやりたい。けれども、それは許されないことだった。貧しく、一円でも安い野菜を買い求める母親の姿をずっと見てきた少年にとって、ガチャガチャをやりたいなんて言葉は最も口にしてはいけない言葉、禁断の言葉、なんとなくそう感じ取っていたのだ。

ある日のことだった。上機嫌だった母親はいつもの定番コースでレジへと向かう道中、少年に向かってこう口にした。

「100円分だけおやつ買っていいわよ」

少年に迷いはなかった。普段なら降って沸いた幸運に、一気に百円の菓子いっちまうか、それとも10円のを10個買って刻んでいくかなどと迷うところだが、あれこれ考える時間もなく即答した。

「それならガチャガチャやりたい」

お菓子を我慢して100円を貰う。普段はレジの横で母親を待っているのだけど、そんなものは素通りし、一気にあのオレンジ色のガチャガチャコーナー目指して走り出した。模様の跡が手の平につくんじゃなかろうかと思うほどに強く強く100円玉を握りしめて。

色々なガチャガチャがあった。スライムが出てくるガチャガチャや、チープなマジックのグッズが入っているガチャガチャ、女の子向けのものもあった。けれども、ガチャガチャ全面に書かれているこれらの商品説明は全く当てにならない。中にはとんでもないカオスが詰まっているのだ。少年はなんだか早く済ませないといけないような気がして、焦りながら適当に一番右上のガチャガチャに100円玉を投入し、思いっきりハンドルを回した。

ガチャ、ガチャ、と機械的な音が2回聞こえ、確かな手応えがあった。100円玉がセットされた部分が機械内部にスライドし、その機械音と共に吸い込まれた。同時に、ハンドルのちょっと下に備えられた穴から半分透明、半分赤色のカプセルが出てくる。オレンジ色のシートの影響で、一瞬、そのカプセルがオレンジ色に見えた。

少年は荒い息づかいでそのカプセルを開ける。カプセルは少し力を加えただけで簡単に二つに分かれた。中には曲面状に曲がったペラペラの怪しげな紙一枚と、濃厚な紫色をした小さな箱がついたキーホルダーがあった。これが何なのかサッパリわからなかった。とりあえず、中に入っていた紙を見てみる。どうやら説明書のようだった。

「セクシーキーホルダー」

怪しげな、どういうセンスしたらこんなのを選択できるんだって感じのおどろおどろしいフォントで書かれたその文字を読んでもさっぱり意味がわからなかった。確かにキーホルダーだ、それはわかる。なにせ小さな箱の上部から鎖が伸びて鍵を付けるとこがついているからな。しかし、「セクシー」の意味がわからない。

少年は悩んだ。お菓子と引き換えに手に入れたものがこれ。果たして自分の選択は正しかったのだろうか。こんな意味不明なものが欲しかったのか。お菓子を買っておいたほうが良かったんじゃないだろうか。おそらく少年が成長していくに従ってそんな選択は何度でもある。もちろん内容もより深刻になっていくだろう。人生とはそんなものだ。いちいち後悔していても始まらない。とにかく今はこの箱の謎を解き明かすべきだ。

「ボタンを押すとセクシーなことが起こるよ!?」

説明書にはそれだけが書かれていた。ボタン!?もう一度マジマジと謎の箱を見てみる。なるほど、箱の中心に力士の乳首みたいな大きさの突起がついている。これがボタンだろう。これを押せばセクシーなことが始まる?一体何が?とにかく少年はボタンを押してみた。

「プシューンプシューン!」

ボタンの上にあった穴がスピーカーの役割を果たしているのか、そこから機械的で甲高い音が聞こえた。音が出るとは思っていなかったので一瞬、ビクっと体を強ばらせてしまう。そして間髪を入れずに謎の箱は音を出す。

「あはーん、うふーん、いいわー、グッド、グッド、カマンベイベ」

意味が、わから、ない。どうやらこれが「セクシーなこと」らしい。一瞬ポカーンとなってしまうが、すぐにそれが女性のエロスな喘ぎ声であることに気がつく。よくよく説明書の裏側を見ると、金髪の姉ちゃんが女豹のような感じこちらを見つめ、なぜか唇の端からさくらんぼが垂れているという衝撃的に意味不明な絵がプリントされていた。

「買ったの?」

ふいに買い物袋を持った母さんに後ろから話しかけられる。僕は咄嗟に今出た謎のセクシーキーホルダーを隠す。なんだか悪いことをしているような気持ちになったからだ。

「たいしたもの出なかったよ」

「そう」

そう会話しながら駐車場に向かう少年のポケットの中では、セクシーキーホルダーが入ったカプセルが強く強く握り締められていた。

深夜、少年は家族が寝静まったのを確認して物音がしないように1ミリづつゆっくりと玄関ドアを開け、真っ暗な闇へと躍り出た。もう一度あのセクシーボイスを聴くためだ。周りに誰もいないのを確認してボタンを押す。

「あはーん、うふーん、いいわー、グッド、グッド、カマンベイベ」

クソッ、なにがカマンベイベだ。こんなもの、こんなもの、という思いとは裏腹に少年はギンギンに勃起していた。まるで我が家に金髪のセクシー美女がやって来た、そんな錯覚を起こすほどにこのキーホルダーは良く出来てやがる。説明書にプリントされた金髪の姉ちゃん、むちゃくちゃおっぱいがでかい。

3回ほどボタンを押してセクシーボイスを聞いた後、もう一度玄関の明かりを使って説明書の金髪を見る。すると、先ほどは気づかなかった文字があることに気付いた。

「全6種」

腰が抜けるかと思った。このセクシーボイスが……6種!?衝撃だった。あのガチャガチャの中にはまだ残り5人の美女が詰まってやがる。なんとかして手に入れなければならないんじゃないだろうか。それが僕に課せられた使命なんじゃないだろうか。少年は苦悩した。それよりなにより、もっとエロいボイスを聞きたかった。抑えられない欲望は葛藤と変わり、深い闇のように少年の心を侵食していった。

次の日、少年はあのオレンジ色のあの場所にやって来ていた。今日は歩いてきたから一人だ。母親はいない。手には、もしものために貯金しておくんだよと、爺さんが少ない年金からくれた2千円が握り締められていた。

少年は今がそのもしもの時だと思っていた。けれども、本当に2千円を賭けるだけの価値があるのだろうか。そんな不安が大蛇のように少年に絡みついていた。当然のことながら2千円で20回は回せる。けれども、その20回でセクシーキーホルダーが出る保証はない。それよりなにより、このエロキーホルダー欲しさに全財産を注ぎ込む自分、そんな自分の将来に対する不安があった。

大人とは着実で冷静だ。少なくとも少年の目からはそう見えていた。大人はこんなものに狂ったように興じたりはしない。もしここで自分が全財産をガチャガチャにつぎ込んだとしたら、欲望に勝てない人間、エロに勝てない人間、何も積み上げられない人間、そんな風になってしまうんじゃないだろうか。今思うとオナニーすると馬鹿になると本気で心配するレベルのことなのだけど、本当に真剣に苦悩した。

セミの声と、特売を告げるカセットテープの音がうるさい。オレンジ色の光は容赦なく少年に降り注ぐ。立っているだけでジワッと背中に汗が伝う。それは暑さ故のことなのか、それとも別の汗なのか、もう少年にもわからない。

少年は決意する。様々な思いが葛藤する中、心を決める。僕はそうやって生きていく。アホのようにアホなことに全てを注ぎ、エロいことに夢中になる。そんな大人になってもいい。それでいい。だから、いま、僕は、ここでセクシーキーホルダーを手に入れる。セクシーキーホルダー王に俺はなる!

少年はガチャガチャの透明部分を横から覗き込んだ。少し透明な箱からは中のカプセルが見ることができる。

ある。

上の方のカプセルの一つの中に見慣れた金髪美女の写真が見えた。少なくとも一つは必ず入っている。その事実が少年を奮い立たせた。

けれども、すぐに2千円をぶっこむような愚かな真似はしない。いま現在、このガチャガチャの中に何個のカプセルが入っているのか測らねばならない。今でこそ、ガチャガチャ内の体積と残りカプセルの高さ、カプセルの体積から、どちらかの最密充填構造だと仮定して充填率74%から計算して何個入っているのか計算できるけど、少年にはそんな力はない。けれども工夫はできる。

空のカプセル専用ゴミ箱から空のカプセルを取り出し、アンケート回収箱がちょうどガチャガチャと同じくらいの大きさだったのでそこに詰めてみる。横から見た高さと同じになるまでカプセルを入れてみると、ちょうど20個くらい入った。

いける。

20個なら持っている2千円で全部買える。さすがにそこまでしたらロクな大人にならないような気がするが、もう決意してしまった少年にそんなものは関係ない。ロクでもない大人になってやる。レジに走り、両替してもらった100円玉20枚。鬼神の如き勢いで回しまくる。

本当にこの当時のガチャガチャは悪質で、セクシーガチャガチャ、と全面のパネルで謳っているくせに、中には何故か「熱海」と書かれた巻物や変な忍者の首が飛び出す人形、キラキラした瞳のシールなど、これ工場で作ってる人とか疑問に思わないのかなってレベルのものがガンガン出てきた。最初に出たのがすごいレアな当たりだったみたいで、19枚の100円玉を使っても全く出ない、何故か「熱海」だけは3つでた。

けれども、もうあと一つでこのガチャガチャの中のカプセルは全て買い占めたことになる。それは間違いなくセクシーキーホルダーであるはず。横から覗き込むと、何故か底の方に4つのカプセルが残っていた。何かを間違えたのか、それとも底部分の送り出しスペースを考慮に入れていなかったのか予定より3つ多い。もはやどれが出るかわからない。確率は最低だと1/4。ええい、ままよ、祈りを込めてハンドルを回した。

ガチャリコ。

カプセルが勢い良く躍り出る。チラリと金髪美人の顔が見えた。きやがった。でやがった。ついに出やがった。少年は歓喜に酔いしれた。狙い通りに目当てのモノを手に入れられる喜びを噛み締めた。成功とはこういうものなのだ。早速、セクシーボイスを聞いてやろうとカプセルを手に取り、震える手で開ける。今度はどんなセクシーボイスが。さらに挑発的なセクシーボイスなのか。情熱的なセクシーボイスなのか。震える手でボタンを押す。

「あはーん、うふーん、いいわー、グッド、グッド、カマンベイベ」

おんなじだった。

本当にこの当時のガチャガチャは悪質だった。全6種と謳いながら、6種も入ってない。そんなのは当たり前だった。

熱気が渦巻くオレンジの光の中、少年はガックリとうなだれることしかできなかった。ちなみに、このキーホルダーをカバンにつけていて、授業中にカマンベイヘが炸裂し、一時期ベイベっていうニックネームで呼ばれることになるのはまた別のお話だ。

ガチャガチャといえばそんな切ない思いでしかない。そして現代、なにやらソーシャルゲームと呼ばれるネットゲームでガチャガチャが空前のブームらしい。携帯代金で払える方式とかのせいで親が知らない間に子供が何十万と使ったりなどとちょっと問題になってるようだ。

僕もちょっとやってみたのだけど、たしかによくできている。それはゲームとしてよくできているわけではなく、お金を払わせる構造としてよくできているのだ。家庭用ゲームなどはユーザーのストレスをなくす方向で技術や演出が発展してきた。けれども、今のそれらのソーシャルゲームは、システムとしてユーザーがストレスを感じるように作り、金を払うことでそのストレスが解消されるようにできている。はまってしまったらとんでもないお金をつぎ込んでしまいそうだ。

けれども、あのとき、ロクでもない大人になると灼熱のオレンジ色の中で決意した少年は、こんな現代のガチャガチャにははまらない。なぜなら、少年はもっと悪質でもっと魅惑的なガチャガチャを知っているからだ。

どんなレアなカードもアイテムも、それはたぶんただのデーターで、絶対にあのキーホルダーには敵わない。「カマンベイベ」と絶叫するあのキーホルダーには敵わないのだ。あの暑い夏、少年は確かに愚かだった。けれども、だからこそ、今の僕があるのだ。

無料で「patoがなんか書いたりする」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

誰でも
すごい本が出るぞ!という話。「文章で伝えるときいちばん大切なものは、感...
誰でも
自分ガチャ
誰でも
修学旅行でお小遣い全てを使って野球拳ゲームに熱狂した小学生の話
誰でも
セイウンスカイが逃げ切れたなら彼女の気持ちも戻ってくる、そう信じていた...
誰でも
NHKマイルカップでサドンストームが勝ったら好きな子に告白する
誰でも
終点の降車ボタンを誰が推すのか
読者限定
プロはなにを考えて記事を組み立てているのか
誰でも
「知る」の先に「考える」について議論していたらアナルから血が出ていた話...